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【天才の育て方】星賢人 ~LGBTと雇用をつなぐ東大大学院卒の若きCEO

KIDSNA編集部の連載企画『天才の育て方』。 #07は星賢人にインタビュー。LGBTであるという自らの苦悩を乗り越え、東大大学院在学中にLGBTの就職支援事業を立ち上げる。50万人以上を救うこのサービスを生みだすに至った彼のルーツとはどのようなものなのだろうか。

「失敗は存在しない」

「差異が自分を活かす」

こう語るのは、自身がLGBTとして苦悩した経験をベースに、東京大学大学院在学中にLGBTの就職支援事業を立ち上げた星賢人さん(以下、敬称略)。 立教大学法学部在学中に東京大学大学院情報学環にWスクールとして進学。「すべての人が自分らしく働ける社会」を目指し、ビジネスコンテストに出場、優勝をきっかけにLGBTで就職先を探す約50万人以上のユーザーに利用されるサービス『JobRainbow』を立ち上げる。営業活動を行わずとも大手企業を中心に掲載依頼が殺到するそのサービスは、多様化を進める現代社会において重要な役割を果たしているといえるだろう。 ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長である孫正義氏が「高い志と異能を持つ人材支援」を目的として設立した公益財団法人 孫正義育英財団が支援する人材でもある。2018年3月に開かれた「Forbes 30 Under 30 Asia」では「SOCIAL ENTREPRENEURS」部門で受賞を果たし、海外も視野に入れた彼の思想は現実へと着実に近づいている。 多感な思春期に人との差異を強く感じながら苦しく孤独な学生生活を過ごしてきたと語る彼は、何をきっかけに「違うこと」を受け入れ、どのような信念の元、約50万もの人たちから絶大な支持をうけるまでに至ったのだろうか。育った背景から彼が持つ思想に触れる。

差異が自分を活かす

彼自身、中学生の頃に自分が同性愛者であることに気づき、周囲との差異にとまどい悩み、いじめを受けるなど孤独な学生生活を送ったという。

LGBTである、ということ

「自分がLGBTのG(ゲイ)であることに気づいたのは、中学生の頃でした。性自認上は幼少期から自分は男性だと認識していますが、小さい頃はお母さんごっことか、女の子の遊びが好きでしたね」 ーー周囲から「もっと男の子の遊びを」などと言われることはなかったのですか? 「『男の子らしくしなさい』などは言われました。男女で分けるジェンダーの刷り込みは幼少期から始まりますが、社会一般的な男性像を押し付けられることはすごく不愉快でしたね。だからこそ、自分らしく在りたい想いを強く持って育ったのだと思います。実際に、合理的な理由がないものは絶対に納得しない子どもでした」 ーー学生時代は辛いこともあったとか。 「中学校に入学後、保健の授業をきっかけに自分が自然ではないことを強烈に意識し始めました。『オカマ』と言われ『違う』と答えた瞬間、僕の場合は自己否定になる。でも否定せざるを得ない状況でイジメもエスカレートしていったとき、学校に行くのを辞めました。親にも誰にも言えず、孤独でしたね」

カミングアウトは世界を変えるため

ーー今、星さんはメディアでも自身がゲイであることを公表していますが、始めは勇気が必要だったのでは? 「カミングアウトは一生し続けることが大前提にありますが、起業後も始めの頃はオープンにしていませんでした。ただ、自分が伝えずにいては世界を変えることはできないと思ったタイミングでメディアに出る機会が増え、結果的にパブリックにカミングアウトするに至りました」 自らカミングアウトすることが、世界を変えることにつながる。今ではこうした信念のもと、サービスを通して多くの人を救っている彼だが、自分がカミングアウトするとき、周囲に伝えていないLGBTの友人が自分と繋がりがあることで周囲に懸念され、傷ついてしまうことも危惧していたという。それでも世の中を変えるために必要だと決意した根底には、同じLGBTの友人と彼自身の辛い経験があるようだ。

苦悩によって得た使命

中学校時代の不登校から一転して、高校には真面目に通い大学へと進学している。イジメの辛さを払拭した背景と進学後で体験したLGBTが故の苦悩について聞いた。

クラスの40人に認められなくてもいい

ーー高校への進学時、イジメに対する不安はどのように払拭されたのですか? 「当時はまっていたオンラインゲームで何万人という人たちと繋がったことがきっかけでした。オンライン上の相手に自分の悩みを話したところ、認めてくれる大人にたくさん出会うことができた。『クラスのたった40人に認められなくてもいい』と思えた大きなきっかけでしたね。 学校はプロセスでしかない、大学に進めばバックグラウンドの違う人たちともっと出会うことができる、その中で自分の居場所をきっと見つけられると思ったとき、大学へ進むために高校へ行こうと思えました」

東大への入学=ジェンダーの枠組み解決の方法を学ぶため

「大学ではLGBTサークルの立ち上げに関わり、代表も務めました。さまざまなセクシュアリティの方が40人ほど集まり、LGBTはオープンにできる環境があればハッピーであることを感じました。一方で、就職活動をしている先輩がトランスジェンダーであることを理由に企業から断られた経験を聞き、就職に困っている人がたくさんいることに対し問題意識が生まれました」 ーー立教大学在学中に東京大学大学院へWスクールで進まれた理由は? 「なぜ人々の間にジェンダーという枠組みが芽生えるのか、それによって生き辛さを持っている人が自分以外にもたくさんいる実情を目の当たりにし、それを解決するための方法を学びたいと思い、東京大学大学院情報学環へ入学しました」 ーー実際にはどのような研究をされていたのですか? 「マスメディアがどのようにLGBTコミュニティに影響を与えたのか、ですね。マスメディアを通じて被差別者というスティグマを貼られたことで、LGBTコミュニティは逆説的にエクスクルーシブなコミュニティとして確立し、それ自体が良いのかわからないにせよ、世間に『可哀そうな存在』という認識が生まれ、今、支援する流れを生みだしています。マスメディアはLGBTコミュニティにとって、大事な役割を果たしていると考えています」

社会の負をビジネスで解決

大学で抱いた問題意識は彼の中でくすぶり続け、ビジネスへと繋げるチャンスへと結びついたようだ。 「大学3年の頃、株式会社リクルートホールディングスのインターンに参加し、社会の負を解決する新規事業プロジェクトにLGBTの課題を提案しました。結果的に事業化には進みませんでしたが、フィジビリティチェックで100人以上のLGBTの求職者にこの事業について話を聞き、9割の人がこのサービスを使いたいと答えてくれました。 ツイッターで事業について呟いただけで何千人ものフォロワーがついたり。非常にニーズを感じたと同時に実現できるのは自分だけだと思ったとき、これを一つの使命としてやり遂げようと決めました」 ーービジコンで優勝されていますが、出場を決めた理由は? 「ビジコンで優勝すると、いくつか得られるリソースがあります。まずは起業資金としての賞金。2つ目は人脈の獲得。3つ目はビジネスプランをブラッシュアップすることができるプログラムで、僕としてはこれがメインでした。自分が考える課題を解決するためのプロセスを探す旅の1つがビジコンだと考えていたので、優勝が目的ではなく、やるべきことをやっていた、という認識です」

自分の不得意を得意へと変換

社会の負や自身の苦悩といったような目の前にある問題を、別の角度から捉え発想を転換できる力は、彼の強みといえる。その思考はどのように磨かれたのだろうか。

勉強は大嫌い

ーー高校卒業後は、立教大学の法学部、さらに東京大学大学院に進まれたそうですね。勉強に対してかなり意欲的な印象ですが、ご自身としてはいかがでしょうか? 「勉強は大嫌いですね(笑)法学部は父が弁護士だったこともあり専攻しましたが、自分が学びたい内容ではなく後悔しましたね。東大大学院情報学環に進学するときは、筆記試験ももちろんありますが、ポテンシャルを見る程度で、そこで何を学びたいのかの研究計画書や小論文が重要視されていました」 ーーそこに関しては、徹底して勉強に臨んだのですか? 「論文は得意分野だったこともあり、自分の強みにはっきりとエッジを立てられていれば勝てるという見込みはありました。勉強をするというより、自分が持っている思想や考えのどこにフォーカスすべきかの戦略を立てればいけると。それで入れなかったら、そもそもその場所では自分の想いは開花できないということですよね」

失敗は存在しない

ーーインターンでの事業立案やビジコンへの出場、東大大学院への入学と、チャレンジが多い印象ですが、失敗への恐れなどなかったのですか? 「失敗と捉えることがないですね。何かに挑戦して、例えば賞を取れなかったとしても、それは結果でしかなく、次がんばればいい。LGBTのことや会社を運営していて思う通りにいかないことはたくさんありますが、トライ&エラーだと思っています。アクションを起こし出た結果に対して新たな仮説を立ててまたアクションを起こし結果を得る。その繰り返しで連続的なものなので、失敗した出来事として思い出すものはないですね」 ーーそもそも、失敗に対する概念がポジティブなものなのですね。 「そうですね。結果が得られただけで『やった!』と思いますね。大学で法学部に進学したことは失敗かもしれませんが、『自分には法学は向いていない』ということがわかっただけでも、成功ですね(笑)」 自分の不得意を得意へと変換し、そこに信念をプラスすることができるからこそ、彼は人より抜きんでたパフォーマンスを発揮できるのだろう。

天才ができるまで

伝えて高まる家族間のリテラシー

ーー初めて家族にLGBTであることを打ち明けたとき、どのように受け止められていましたか? 「初めて家族に打ち明けたのは、大学1年生のときでした。姉には共通の友人経由で伝えたのですが、伝えてから初めて会った瞬間ハグされて『伝えてくれて嬉しい』と言ってもらえました。両親もまったく驚いていなくて、むしろそれまで以上にフラットな関係が築けました。そういう意味でも、カミングアウトしてからの人生はそれまでとはまったく別物になった感覚はあります」 ーーご家族の受け止め方が、予想外に抱擁的だったのでしょうか。 「そうですね。テレビでLGBTの人を観て笑っていたことも、差別する気持ちがあったわけではないし、世の中のほとんどの人も、傷つけようとしているわけではないということに気づくきっかけになりました。みんな、メディアを通してそうした価値観を植え付けられているだけなのだと」

不完全な親だからこそ今の僕がいる

「両親は学校に行かなくても社会人として立派になれるという思考を持っていたので、中学時不登校になったときも、特に責められたり強制されることもありませんでした。すごく辛いとき、相談したり頼るよりも、家族として一緒にご飯を食べ、空間を共にしているだけで、僕は十分でした。むしろ自分のやることは自分で決めたいし、応援されるのも違うなと思っていたので、放任主義で育ててくれたのは感謝しています」 ーー口うるさく誘導しなくても、この子なら大丈夫という想いがあったのかもしれませんね。 「一時期僕も荒れていて、家庭環境が悪化した時期がありました。親に反発もしましたし。そういう意味では、両親は不完全だったと思います。でもそれは当たり前だし、親が言うことや社会に対して自分たちがどう思うかの自由を与えてくれていたからこそ、今の僕がいる。だから、不完全であっていいと思っています」

補い合う姉弟

ーーお姉さんは会社の共同設立者でもありますが、幼い頃から仲が良かったのですか? 「すごく仲良しですね。僕の中でとても大きな存在で、いないと生きていけないかもしれない。今の事業のビジネスモデルについて話をしたときも『それは絶対にやったほうがいい』と言われて、2人でディスカッションしアイデアを出し合っていました」 ーー誰よりも理解してくれる存在なのですね。 「両親よりも親のような感じでしたね(笑)。姉は他人の幸せを願える人で、人に対して深く入っていくことができます。僕は人見知りで人との深い関係構築が苦手な分、冷静に意思決定ができる。ビジネスの上でも、上手に役割分担できていますね。そういう意味でも、お互いを補い合う姉弟であると思います」

LGBT人口950万人のライフイベントのインフラ設計

ーー今後ご自身の事業をどのように発展させていこうと考えていますか? 「日本国内のLGBT人口は950万人と言われています。就職活動のみならず、教育の中で感じた課題や就職後の住宅問題、結婚式、金融、老後など、課題は尽きることはありません。僕たちが目指す大前提には、ありとあらゆるライフイベント領域において、950万人全員のインフラとなるプラットフォームを作るという目標があり、その先には社会のジェンダーに対する考え方の仕組みを作り直したい、定義しなおしたいという想いがあります」 ーージェンダーに対する考え方を革新することができたら、LGBTという括りはなくなりそうですね。 「そうですね。今の社会では、障がいや病気といったものから1人ひとりの経験まで、目に見えないものに対し配慮できる社会の段階に進んでいるので、LGBTもその中の1つの波であると捉えています」

天才にきく天才

天才が感銘を受けた人

「僕は、スティーブ・ジョブス氏と孫正義氏、そしてウォンテッドリー株式会社創業者の仲暁子さんを尊敬しています。3人に共通しているのは、他者に迎合しないことが自分が幸せになる一番の近道であることを知っている、ということ。 例えば仲さんがブログで語られていた『特別な人なんていない』という話は、僕の人生に大きく影響を与えてくれました。自分のことを周りと違う、特別だと思うことで自分を守ってきましたが、自分は特別じゃない、だからこそ自分の人生を生き尽くそう、それこそが他者の幸せに繋がる、という考えが、僕の生きる意味そのものであり、決断するときのコアですね」 ーー秀才や仕事ができるなどの領域ではなく、生きる姿勢こそが星さんが注目するポイントなのですね。 「僕の軸はそうですね。AIなどが進化しても問いや目的を与えられるのは結局人しかいないので、問題を与え尽くすという観点でみても、問題意識を持ったり自分の好きなことを深堀りし続けることができる人を尊敬しますし、天才と感じています」

星賢人はなぜ天才なのか

ーー星さんはビジネスにおいて目標を定めて進み、実現する天才と考えていますが、ご自身ではなぜ天才なのだと思いますか? 「人の存在は他者との差異でしか語れないと思っていますが、自分は世の中一般の中央値からは外れていて、さらには他者と違うことを恐れない。人生に対する哲学についての考え方も異なっていると感じています。人との差異と見方の違いを持っているから、かもしれませんね。もし天才なのだとしたら、の仮定ですが(笑)」 ーー人生に対する哲学について、どのような考えを持っているのですか? 「生まれた瞬間から死に向かっているということを、常に意識しています。僕が思うすごい人たちというのは、死を意識していると感じていて、死に対する実感がある人ほど人生を濃く生きているし、その道のスペシャリストになる人が圧倒的に多い。明日死んでもおかしくない、今をどれだけ密度濃く生きれるかを意識すると、多くの人がハッピーになると思います」

編集後記

自分やまわりの人達が持つ悩みや課題をビジネスとして展開し、企業ニーズにも答えている若きビジネスの天才。自身の苦悩を乗り越え、今をどれだけ密度濃く生きるというパワーを非常に感じることができた。

<取材・執筆・撮影>KIDSNA編集部

<連載企画>天才の育て方 バックナンバー

提供元:KIDSNA[キズナ]

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