働くママと子供の毎日をもっと素敵に。MAMAPLA(ママプラ)

ハート 13696

「完璧ママ」を手放したらハッピーな日常がやってきた

負けず嫌いの完璧主義者。とても強がりで、人前で涙を流した事さえない。

そんな私は初めての育児でいろいろな壁にぶつかります。

妥協が許せず、完璧ママ以外は甘えと追い詰める日々。これもあれもダメダメダメダメ!

真面目な女性こそ陥りがちな「完璧」という迷宮に見事入り込んだ私ですが、「完璧」を手放したらハッピーな日常がやってきました。

「完璧」を貫く育児は家族みんながしんどいはず。

家族はもっとフラットで良いんです。

今回は、全てに「完璧」を追い求めるあまり自分を追い詰め体を壊した私が、「完璧」を手放して手に入れたハッピーについて書いてみたいと思います。

出産したからって変わるのは甘えだと思い、自分を追い詰める日々

妊娠前の私は、絵にかいたような完璧妻でした。

朝早く起きてぴかぴかにお掃除し、仕事から帰ると一汁三菜の手作り料理を作る。そして休日は主人を癒そうと様々な場所へ繰り出します。

自分よりまずは主人のためにと奮闘し、一緒に過ごす主人からも生活感が見えないと言われるほどの徹底ぶりでした。

出産するといろいろな事が変化し、産前に当たり前にやっていた事が難しくなります。

私はそれが許せず、甘えだと認識。
産前と何も変わることないハイパワーフル稼働の日々に突入します。

・里帰りなし
・手伝いなし
・生まれたての赤ちゃんと二人

体も回復していない中、寝ずの授乳も入り込み体力は限界に。

しかし、妻たるもの主人に迷惑や心配をかけてはいけない!と明るく笑顔で過ごす日々でした。

子供が増えても変化を感じさせない完璧な妻。
その一方で、無理は体を蝕んでいました。

突然の不調。そして気づいた「完璧主義」という毒

子供が産まれてからも何も変わらない日々に、無理をしているのではないかと気遣う主人。

私は、その気遣いさえも甘えが出ている証拠だと思い、気遣わせている自分を妻失格だと思っていました。

そんなある日、突然の吐き気に襲われて倒れます。

重度の貧血でした。

病院で点滴を受ける私に、普段温厚な主人が出会って初めて「喝」をいれます。

完璧にしているのになぜ?葛藤しながら気づいたのは「完璧主義」の弊害でした。

主婦たるもの、夫に迷惑かけずに家庭のことは引き受けるべき。しかし、それは全てを自分で抱え込むということではなかったのです。

抱え込むことで逆に迷惑をかけていたことに気づきました。

家庭の事を引き受けるというのは、家事や育児を完璧にこなすことではなく、家庭が上手く回るようかじ取りに責任を持つということなのではないでしょうか。

夫婦や家族に完璧なんて必要なかったのでは?完璧にしていても、家庭という中身が育たなければ全く意味がないんです。

そして長い年月をかけて育て上げられた「完璧主義」という気質を捨てる決意をしました。

産後の変化は甘えじゃない、完璧じゃなくても大丈夫

育児中は、睡眠、食事などの人間の根本的な欲求すら、子供に合わせた生活にしないといけません。

環境が変化するのに変化を感じさせないように無理をするのは、良い妻でも良い母でもありませんでした。

育児では楽しいことや嬉しいことが数えきれない程ありますが、もちろん大変なこともあります。

そんなとき、人に頼ることに罪悪感を感じる必要はありません。

「自分でやっちゃえー!」は、禁止。

そして気遣いには自分を責めずに素直に感謝すること。

気遣ってくれる主人に対し、完璧主義の頃の私は、「もっと完璧にしないといけない。」とストレスを感じていました。

しかし、完璧を手放してからは、主人や周囲の人から受ける気遣いに対して、ストレスではなく感謝の気持ちでいっぱいになるようになったんです。

そして、いつも心の片隅にあった、仕事復帰に向けて動き始めます。

今の自分に合う週末薬剤師という働き方

産前は薬剤師として働いていたのですが、まだまだキャリア構築の真っ最中に切迫流産となり退職しました。

まだまだ働きたい、薬剤師として精進したい。

ただ、完璧主義の私は正社員以外は甘えと認識しており、限られた働き方なんて言語道断と思っていました。育児しながら仕事をすることで、主人や会社、同僚に迷惑をかけてはいけないとも。

でも完璧を手放したら大きな変化が起こりました。

「完璧じゃなくて良いではないか。先は長いのだから私の突き進みたい道に向かって一歩ずつ、今の自分にできる範囲で精いっぱい頑張ろう。」

そして週末のみの勤務で、薬剤師として復帰しました。

仕事中に娘を見るのは主人。
完璧主義であった私なら、こんな自分を責めたでしょう。

しかし、完璧を手放したら、自信を持って現状を会社に伝えることもでき、自分の思う道を進み始めることができました。

今は、主人のお休みの日のみ週末薬剤師として働いています。

完璧を手放したら驚くほどハッピーな日常がやってきた

産後、誰にも頼らず完璧にしていた頃とは大違いで、今は散らかったお部屋に、主人が帰ると頼りっきりのずぼらなママです。

家事も仕事も育児も完璧じゃない。
パパに頼り、母に頼り、時にはお掃除サービスに頼り、同僚に頼り、いろいろな人に頼りまくって過ごしています。

そんな日々ですが、驚くほど心が充実しています。

「妊娠前の完璧妻」
「産後の必死な完璧ママ」
「今のずぼらママ」

今が一番心地よく、家族としての絆が育まれたと感じます。

完璧って、何かやってあげる隙もなくて可愛げないんですよね。愛し愛され、頼り頼られ、人間関係は構築される。これは一番身近な親族関係でも同じことでした。

今は家では主人に頼りっぱなし、職場でもお世話になりっぱなし。今の自分にできる精一杯で頑張れば良い。完璧じゃなくて良いんです。

きっと、こんな自分も周囲の誰かの支えになっているのだから。

まとめ

人は皆、一人で生きているわけではないので一人で全部完璧にしなくて大丈夫。足りない分は頼れば良いんです。それはダメな人間でもなければいけないことでもありません。育児中は、真面目な完璧主義者ほど迷宮に入り込みやすいものです。
今までと同じようにできなくても大丈夫。ずぼらと化した私ですが、ひとつだけ完璧を貫いていることがあります。それは「周囲への愛」。休日だけでなく、バタンキューした時は主人に頼りきり。

ベビーカーで外出していると、普通に移動するだけでも難しい場面が多々ある。急用で母に留守を頼まざるを得ないこともある。急に仕事を切り上げざるを得ないこともある。電車の中でぎゃん泣きが始まることもある。育児をしていると、一人では解決できないことが押し寄せますよね。

夫はもちろんのこと、娘、両親、義理の両親、職場の皆さま、会社、近所の皆さま、電車で乗り合わせた方たち。これらをこなして心地よく育児ができるのは、周囲の皆さまのお陰です。愛があれば思いやりはついてくる。思いやりがあれば何事も乗り越えていけるのです。完璧ママを手放したら、笑顔溢れるハッピーな日常がやってきましたよ。

完璧よりも大切なのは「愛」でした。

ももはな

週末薬剤師。14歳年上の主人と年の差婚しています。女の子のママです。娘が就寝した後のアロマセラピーでの癒しのひと時が育児中のご褒美タイムでマイブーム。 WEARにて日々のコーデを載せています。#ももはな

RELATED POST

あなたにおすすめの記事